ニュートンが「光は粒子である」と主張したことは良く知られています。300年以上前に、彼は「光を物体に当てると力が働く」ことを予見しています。また、マクスウェルは光の電磁理論からこの力の存在を明らかにしました。実験的にはレベデフが1900年に巧妙な装置を作成して光の力を測定することに初めて成功しています。
しかし、私たちは光の圧力を感じたことはありません。電磁理論によると1mW
のレーザー光を使っても発生する力はわずかに〜7×10-12 N
です。これは筋肉中のミオシンと アクチン分子1つずつが引っ張り合う力と同じくらい非常に小さい力です。けれども、ミクロのたとえばμm(マイクロメートル(10-6))のオーダーの世界では無視できない大きさになります。1μm3
の球に働く重力は〜5×10-15 N です。したがって、さきほど述べた光の力よりも小さく、このような世界では光で物体を持ち上げたり動かしたりすることができます。
このような光の力(放射圧)を利用して微粒子を捕捉することに、1970年に初めて成功したのはベル研究所のアシュキンです。彼は2本のレーザー光を対向させて水中のポリスチレン微粒子に照射すると、微粒子がはさみこまれるように捕捉されるのを観測しました。その後、アシュキンはレンズでレーザー光を絞り込むと、微粒子がレーザー光の焦点の方向へ動くような放射圧が働くことを見出し、集光スポット付近に微粒子を捕捉する方法を開発しました。この方法を使うと、集光スポットを動かすことにより、3次元空間で微粒子を動かすことができます。
このように、レーザー光を用いて微粒子を自在に動かしたりすることを「レーザーマニピュレーション」といいます。
夏目漱石の「三四郎」に野々宮君が理科大学で行っている光線の圧力に関する研究の話が出てきます。野々宮君は三四郎に次のような説明をしています。
「昼間のうちに、あんな準備をしておいて、夜になって、交通その他の活動が鈍くなるころに、この静かな暗い穴倉で、望遠鏡の中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する。ことしの正月ころから取りかかったが、装置がなかなかめんどうなのでまだ思うような結果が出て来ません。・・・」
また、別の場面で、上で述べたレベデフについても次のような話をします。
「理論上はマクスエル以来予想されていたのですが、それをレベデフという人が始めて実験で証明したのです。・・・」
レーザーマニピュレーションを頭の隅に入れて、「三四郎」を読むと文学作品の別の面が見えてくるかもしれません。 |